こんにちは!発達障がい支援センターの渡辺貴史(わたなべたかふみ)です。
私は以前、すごく考え過ぎたり、考え過ぎた先にはまた、その先のことを考えてしまい、いつも考えてばかりいました。
そして、考え過ぎればいずれ何でも解決出来るのだと思っていたら、しまいに身体は疲れたあげくに、いつも幸せと感じることはありませんでした。
あなたは、普段考え過ぎていることはありませんか?
あなたは、考え過ぎて疲れていることはありませんか?
例えば、
~しなければならない
~こうあるべき
~でなければならない
~は普通
このように考え過ぎて、
これを満たしたとしても、
また次の
~しなければならない
~こうあるべき
~でなければならない
~は普通
と始まり、
考えれば、考えるほど、
私は終わりのない、スパイラルにはまっていたのです。
それは、私に観念があるからでした。
観念とは主観的な物ごとの捉え方、価値観のことです。
私は観念(主観的な物ごとの捉え方、価値観)が強く、決していつも幸せに感じることはありませんでした。
あなたには、観念(主観的な物ごとの捉え方、価値観)はありませんか?
観念(主観的な物ごとの捉え方、価値観)をもう少し分かりやすくすると、あなたの自己ルールのことです。
あなたの中に、
~しなければならない
~こうあるべき
~でなければならない
~は普通
などの、自己ルールはありませんか?
例えば、
・あなたは、私がちゃんとしないといけない
・あなたは、私は良いお母さん(お父さん)でなければならない
・あなたは、他所のお母さん(お父さん)より出来ないといけない
・あなたは、自分のことよりもお子さんを先に大切にしなければならない
・あなたは、子育ては出来るのが普通
・あなたは、お子さんとのコミュニケーションを図らないとならない
・あなたは、誰からも認めらるべきだ
・あなたは、出来なければならない
など。
あなたやあなたのお子さんが発達障害であったり、グレーゾーンであったり、疑いがあったりして、悩み苦しんでいることもあるかもしれません。
でも、
あなたの観念(主観的な物ごとの捉え方、価値観、自己ルール)が強すぎて、考えすぎていることであればあなたは幸せに感じることが出来ません。
あなたには何かと比べていることはありませんか?
その比べるには基準があるから比べることになりますが、あなたのその基準は正しい基準ですか?
あなたも他者も生まれ育ってきた環境が違うので、あなたも他者も観念(主観的な物ごとの捉え方、価値観、自己ルール)が違うのです。
あなたも他者も違うのであれば、比べ方や基準も違うはずですよね。
あなたは、考え過ぎていつも幸せに感じていないのであれば、比べたりせず基準を変えてみるのも良いと思います。
あなたがいつも幸せと思われていないのであれば、それを見たお子さんも幸せに感じることはありません。
であれば、あなたが先に幸せになって、それを見たお子さんが幸せに感じることが出来るようにもなります。
そして、観念を辞書などで調べてみると「主観的な物ごとの捉え方・客観的な物ごとの捉え方」と出てきます。
客観的な物ごとの捉え方とは、誰が見ても聞いてもそれはその通りだよねと、言うものです。
例えば、
信号が赤なら止まれ、青なら進め。
法律や条例を守る。
これらは、誰が見ても聞いてもそうだよね。
と言うものですから、主観的な物ごとの捉え方ではなく、客観的な物ごとの捉え方になります。
あなたの観念が客観的な物ごとの捉え方と思っていても、もしかしたら主観的な物ごとの捉え方かもしれません。
直ぐには気づくことは難しいとは思います。
私は、
今では主観的な物ごとの捉え方、客観的な物ごとの捉え方の違いが分かったおかげで、考え方が変わりはじめ、生きることが楽しめるようになりました。
考え過ぎることは決して悪い事ではありませんが、
但し、考え過ぎていつも自分が幸せになれない、いつも気にしてしまう、何かを探してゴールの見えない、幸せになれないことであれば、そこまで考え過ぎるのはよくないですよね。
あなたはあなた、他者は他者、それぞれに価値観が違うことだけ、その違いが分かるだけでも、少し心が軽くなれると思います。
あなたは、考え過ぎていることはありませんか?
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